| 地域を見守る歴史ある山 |
古城山は水口の東北部にある標高283mの美しい山で、眼下に野洲川を見下ろし、鈴鹿の山並を眺望できます。
この地形を生かして戦国時代には地域の要所として岡山城が築かれたことから、古城山という名が付けられました。現在は、城の名残りは中腹にわずかに石垣を残すのみとなっていますが、今も甲賀市の要所して地域を見守っています。
古城山にはハイキングコースも整備され、椿・桜・萩・藤などの四季折々の花や花樹が植えられ、訪れる人々を迎えます。
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羽柴秀吉(豊臣秀吉)の命令で、中村一氏が1585年(天正13年)築城、城主となる
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中村一氏のあと、五奉行の増田長盛、長束正家が城主を歴任
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関が原の戦い(1600年)の時、城主長束正家が西軍についたため、東軍に攻められ落城
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長束正家は日野で自刀。正室の栄子姫は身重の身で城を脱出し、旧臣の家に匿われて男子を出産したが、産後の肥立ちが悪くまもなく死没した。栄照寺(水口町北脇)に栄子姫を弔う石碑「姫塚」が立っている。
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石田三成が島左近を家臣に招く時、領国の石高の半分にあたる高額な棒禄で招き入れたと
いう有名な逸話が残っている。 ただし、石田三成が岡山城の城主であったという記録は残っていないので、史実ではないようである。
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